私はこうして電動車いすを手に入れた!
これは私が「AJU福祉情報誌」に初めて書いたものです。
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はじめまして。福祉ホームに入居している(当時)さつきです。私は脳性マヒで身体が不自由で言語障害もあります。去年(1993年)の夏頃から手がしびれ、首が痛いので病院へ行ったら二次障害だと言われました。それまでの私はそれなりに歩いていたし、自分のことは自分でするようにしていたから、二次障害を人ごとのように考えていました。それでもう少し自分の身体を大事にしようと思い始めました。 (AJU福祉情報誌7号 1994年4月号) |
| 通勤や買い物に便利な電動車いすがほしい!
私は当時、通所授産施設で働いていました。働き始めた頃は歩いて通勤していましたが、毎日の通勤は大変です。車いすセンターで電動車いすを借りようと思いましたが、予備がなくて借りれませんでした。それで友達に中古の電動車いすを譲ってもらいました。通勤や買い物がとても楽になりました。でも車いすが古いので遠距離は行けません。自分の電動車いすがほしい!と思いました。車いすに乗っていると歩けなくなる?とか言われますが、私は歩くとすぐ疲れるし、歩き過ぎると腰が痛くなります。今まで自分で出来ることは自分でと言われ続けてきたけれど、この辺で少し楽をして身体に負担がかからないようにしようと思いました。 |
| 電動車いすの申請−何はともあれ更生相談所へ電話予約−
1月下旬、福祉健康センター(現在、名古屋市総合リハビリテーションセンター:以下リハビリセンター)の中の更生相談所に電話で日時を予約。私はバレンタインデーのPM2:00に予約しました。予約日は月曜日または金曜日。週によって違うので電話で問い合わせる(現在、車いす交付判定は毎週水曜日)。 |
| 電動車いすの判定−ドキドキ民生局の人と面談−
2月14日。申請が難しいと聞いていたので、福祉ホームのKちゃんに車いすを押してもらい、リフトバスで恵方町からリハビリセンターへ行きました。少し遅れてしまい、受付に行くと民生局の人がすでに待っており、一言「お待ちしてました。」と言われてしまいました。民生局の人から障害の事や通勤の状況などを聞かれましたが、なぜ民生局の人がこんな事を聞くのかわかりませんでした。(よけいな事を言ってしまう私。Kちゃんがフォロー) |
| リハビリセンターの先生の診察−男性に囲まれて・・・これはやばい?−
診察室に入っていくと3〜4人の先生に囲まれた。何が始まるのか。男性に囲まれたという嬉しさ?を通り越し、不気味さを感じていた・・・。私の身体を診て障害の事を聞き、握力をはかり、それからほとんど言葉がなく「ウーン心配だな〜」とうなっているばかり。これはやばい。とKちゃんの顔をみると、”しゃべれ、しゃべれ”の合図。でも私は何をどう話せばいいのかわからず、口をパクパクしているばかり。そのうち「歩いてみなさい」と言われて私は車いすから立ち上がった。ゆっくりゆっくり歩いた。その日腰が痛くて歩くのがつらかったし、先生達が注目しているので緊張してしまった。その後はわりとすんなりと「OK」の返事がもらえた。喜ぶべきか、悲しむべきか。とにかくホッとした。これで終わりだと思っていたら、まだ難関が残っていた。 |
| 理学療法室で電動車いすに乗る−運転免許の試験みたい−
理学療法室で実際に電動車いすに乗るように言われた。車いすの調整をしてもらい、最初は理学療法室の中を2〜3回まわった。理学療法士(Nさん)が付き添って廊下に出て、階段の踊り場を出たり入ったりした。そのとき壁にぶち当たって「もう一度」と言われて、やってみたら今度はうまくいった。それから屋外に出た。リハビリセンターの受付の方から出て、交差点の信号をコの字に渡り、裏のスポーツセンターの方から施設内に戻ってきた。途中歩道が狭く、ちょっとした坂が多かった。「信号の前ではもう少し後ろで止まるように」と言われたくらいであとはうまくいった。 |
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